指宿神社

- 神社の境内にある森の中に多くの巨樹が生育。 -

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指宿神社

指宿の指宿神社

 JR指宿枕崎線「二月田駅」から徒歩5分に位置する揖宿神社。 鳥居をくぐるとすがすがしい空気の流れる境内。御由緒は社記によれば、天智天皇が薩摩地方御臨幸の折り、当地の大杜に御滞興あらされた由緒の地として、 慶雲3年酉午(西暦706年)2月10日、賀茂縣主堀内氏、指宿氏の遠祖が勅を奉じて、 天皇の神霊、遺器を奉斎して葛城宮がご創建されましたが、168年後の貞観16年甲午(西暦874年)7月、 長主山(現在の開聞岳)の大噴火があり、開聞九杜大明神(現在の枚聞神社)の葛城宮にご避難されたいとのご神託により同年11月 遷宮され当杜を[開聞新宮九杜大明神]と称され、爾来指宿郷の総氏神として地方開拓の祖神、航海安全、諸業繁栄の守護神として崇敬され、 明治維新に際し「揖宿神社」と改称され現在に至っております。特に、薩摩藩代々藩主の尊崇殊の外篤く、32度に及ぶ社殿の改修等全て藩費をもって施行されております。

 社伝に依れば慶雲3年(706年)にこの地に行幸した天智天皇の遺物を奉じて作られた「葛城宮」が創始。その後、貞観16年(874年)の開聞岳の噴火により被災した枚聞神社を勧請し「開聞新宮」を名乗るようになりました。「揖宿神社」は明治時代以降に改名させられた物です。 現在残っている社殿は弘化4年(1847年)、島津斉興によって建てられた物で、石造の鳥居は鹿児島市の甲突五石橋を造った肥後国石工・岩永三五郎の作、手水鉢は調所広郷の寄進によるものです。

 境内地は10,715㎡で、樹齢1,130年・目通り8メートルを越える楠の巨樹8株を始め、樹齢500年の大銀杏・椋・那岐等の大樹が群生し、鬱蒼とした森を形成していることから、「揖宿神社の社叢(しゃそう)(森)」として鹿児島県天然記念物に指定されています。 指宿神社の社叢は平成15年4月に鹿児島県指定の天然記念物として指定されております。 指宿神社の森、約3.057㎡の区域を選定し、かなり狭い神社の境内にある森の中にクスノキ、エノキ、イチョウなど多くの巨樹が生育し、その樹高が20mを越えることなど、群生した状況が貴重である。 特に、暖温帯において、アコウが絞め殺し植物的な成長を示していることは注目すべき事である。 クシノハダシ、クワズイモ、リュウキュウスゲなどの南方系の植物も自生している。 まとまってクスノキ巨樹8本が生育しているのは県内でも珍しく、 これらの巨樹にはランの一種であるボウラン、キバナセッコクなどの他にアコウなどの木本植物も寄生しています。

おおみそかには地元の人々が一年の締めくくりに訪れ太鼓の音色が境内に響きます。

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